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徒然草の雑学1

吉田兼好という名前は、正確な言い方ではないです。吉田というのは、実家のあった神社の名前です。姓は卜部(うらべ)といいます。mた、出家するということは、家を捨てるということなので、卜部兼好というのもおかしいということになります。
兼好法師というのが正しい言い方になるのではないかと思います。ですからフルネームで言うと、卜部兼好(うらべかねよし)で、出家後だと兼好法師(けんこうほうし)となるのでしょうね。
「徒然草」というのは、中世の隠者文学です。兼好は十代の終わり頃、蔵人をやっていました。蔵人とは帝にお仕えする役で、それに19歳の時になりました。平安時代だと蔵人になって、国司、受領となって地方に行って、財産を作っていくというのが、エリートコースなのですが、兼好の生きたのは、鎌倉時代で、なおかつ、それも終わりのころでした。
その時は蒙古が攻めて来ました。それも2回もです。それで鎌倉幕府の力も弱くなっていきました。